カノンの海外ドラマ漂流記

気ままな海外ドラマ中心のブログです。ネタバレ記事中心です。

映画「草間彌生∞INFINITY」感想 ~ 膨大なインタビュー&映像に驚く永久保存版!

ビックリしました。とても濃く深く、観てよかったです。

世界中にある映像を発掘し、大量の関係者のインタビューで構成されたドキュメンタリー映画の傑作です。U-NEXT配信中。8月にはDVD、ブルーレイが発売になるようです。映画の公式サイト 草間彌生公式サイト 草間彌生美術館公式サイト

まずは公式予告動画です。

世界の YAYOI KUSAMA の芸術と人生(というか芸術=人生)を追ったアメリカ映画です。

アートに興味がある人、女性の生き方に興味がある人、60~70年代カルチャーに興味がある人、ドキュメンタリー映像に興味がある人、あらゆる人に見てほしいと思いました。

 

松本での子供時代、単身アメリカに渡った1957年からの驚きのヒストリー

映画「草間彌生 INFINITY」平成28年度 文化勲章受章時のポートレート。文部科学省ホームページより

平成28年度 文化勲章受章時のポートレート文部科学省ホームページより https://www.mext.go.jp/

10歳の頃から幻視・幻聴を体験し、毎日絵を描かずにはいられなかったという草間さん。家族のこと、松本で個展を開いていた頃のことが、当時の写真・本人と関係者の証言で語られます。敬愛するジョージア・オキーフに手紙を書き、水彩画を送り、渡米を決心したことも。

映画「草間彌生 INFINITY」ジョージア・オキーフ。アメリカ議会図書館より Van Vechten Collection at Library of Congress

ジョージア・オキーフアメリカ議会図書館より Van Vechten Collection at Library of Congress

オキーフ草間彌生さんの作品をもってギャラリーを巡ってくれたそうです。当時の封建的な日本社会から逃れるように、芸術界のある都会を目指してNYに渡ることにしました。

 
 
 
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今年91歳。今もエネルギッシュに制作活動を続け、世界中でエキシビジョンが開かれています。創作活動はなんと70年以上。ですが、順風満帆ではありませんでした。

そのヒストリーを、アメリカ人の女性監督ヘザー・レンズ↓がまとめています。

 
 
 
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(以下、Instagramは、ヘザー・レンズとNYのアートギャラリー、デビッド・ツヴィルナーより)

美術専攻の大学生時代から草間彌生にひかれていたという監督らしく、世界中で丹念に取材していました。企画を立ててから10年かけて完成した作品です。

 
 
 
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女性が個展を開くことが難しかった時代、しかもたった一人で活動していたアジア人。差別といかに戦ったか、認めてもらうための活動などが当時の画廊オーナーや美術館関係者、アーティスト達から語られます。アグレッシブで強い態度に困惑した人もいたでしょうし、草間さんも何度も心が折れそうになったでしょう。

 
 
 
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ですが、詳細な資料と何十人もの証言は貴重で濃厚でドラマティックです。あの時代にたった一人で毎日黙々と作品を作り続けていたかと思うと敬服せざるを得ません。

 
 
 
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有名な「無限の網」模様は太平洋の水面から生まれたそうです。

 
 
 
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鏡の部屋やソフトスカルプチャーのアイデアもこの頃から。そして60~70年代のNYという時代に、ハプニングなど過激な芸術活動で有名になっていきます。たくさんの映像が使われていて引き込まれました。

 
 
 
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1966年のベネチア・ビエンナーレでミラーボールを敷き詰めたインスタレーション「ナルシスの庭(Narcissus Garden)の映像もありました。“あなたのナルシズムを2ドルで売ります” という看板とともに無許可で行ったものでした。

 
 
 
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現在では、世界中のさまざまな場所でインスタレーションが行われていますね。

 
 
 
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 日本に帰国してからの逆風と復活への道

大きな成功をおさめたものの、活動の場が狭まり忘れられ、体調を崩して1973年に帰国。認められず失意の時期が続きますが、90年代から、再び世界での活躍が始まりました

映画「草間彌生 INFINITY」Tracey WongによるPixabayからの画像

Tracey WongによるPixabayからの画像

この間、尽力した日本の美術関係者や友人やアメリカでのインタビューもおさめられています。

 

日本ではスキャンダルの女王として扱われ、精神的に不安定となりました。NY時代にも強迫神経症と診断されていたため、自ら入院したそうです。この時期の作品はダークなものが多く、あの明るくパワフルな特徴とは異なるものです。自殺未遂もあったようです。

ジャーナリズムには誤解され、故郷の学校からは除籍されました。家族も恥じてサポートはなかったといいます。

 

NYでも忘れられていましたが、1989年、20年ぶりにアメリカで再評価の個展が開かれ、1993年ベネチア・ビエンナーレの日本館で大きな注目を集めました。ベネチアには精神科の医師も同行したそうです。

 
 
 
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その後ますます活躍し、世界で最も売れている女性アーティストになりました。60年代に75ドルだった作品が75万ドルになったそうです。

 
 
 
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草間さん本人は全編にわたってインタビューにこたえており、代名詞である水玉や網目模様、花など、精神的に追いつめられて幻覚から生まれたものが多いこと、苦しい戦争体験から平和を願っていることなど胸に迫る言葉も多かった。トラウマを創作に昇華した作家といわれていました。

 
 
 
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何より、芸術の力で世界の愛と平和はとこしえであることを広めたいと語っています。

現在は、病院の近くにアトリエを構え、制作しているそう。松本市美術館にも展示され、やっと故郷に帰ることができたといいます。↓大規模展が行われた2018年春の景色ですが。

ドラマティックな人生と、ドキュメンタリー映画の力強さの両方に感動した一本でした。 

 

映画「草間彌生 INFINITY」Photo by Eva from Pexels

Photo by Eva from Pexels