カノンの海外ドラマ漂流記

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映画「誰よりも狙われた男」感想 ~ テロと闘う? 理不尽でも何かと闘わざるを得ない人たち

ジョン・ル・カレ原作の映像作品。映画「誰よりも狙われた男(A Most Wanted Man)」は、 2008年出版の同名の小説が原作。2014年に公開されました。

 

簡単ネタバレ&感想です。

 

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背景と登場人物

 

舞台はハンブルク
9.11同時多発テロの犯人たちが潜伏し、計画を練っていた街
という背景があります。

 

チェチェンの若者が逃げてきますが、当局はイスラム過激派と見ています。

彼を助けようとする人権派弁護士、ロシア人である彼の父親の遺産を管理する銀行家ドイツ・イギリス・アメリカの諜報担当がそれぞれの思惑で対応します。

肝心のドイツ側は、内部の主導権争い真っただ中。

 

思い通りにいかないけれど、それぞれの信じるもののために行動するキャラクター皆が魅力的でした。演技派どうしのぶつかり合いは一見の価値ありです。

 

■情報部員ギュンター・バッハマン(フィリップ・シーモア・ホフマン

ドイツのテロ対策チームの捜査官。

大きなテロ組織摘発のため、チェチェンの若者イッサを利用しようとします。

 

複雑な情勢のなか、上位組織に翻弄される立場でもあり、常に重苦しい空気をまとったベテラン仕事人。これがフィリップ・シーモア・ホフマン最後の出演作。

 

■銀行家トミー・ブルー(ウィレム・デフォー

プライベートバンクの経営者。父親から引き継いだあやしい口座の扱いに苦慮しています。

 

■弁護士アナベル・リヒター(レイチェル・マクアダムス

上流の法律一家の出だが、人権団体で活動する弁護士。

 

チェチェンの若者イッサ・カルポフ(Grigoriy Dovrygin)

ロシア人将校の父がチェチェン人の母に暴行して生まれた。ロシア人の父を嫌悪しています。アナベルにかくまわれ、ドイツ国籍の取得と医学の勉強を目指す。

 

Grigoriy Dovrygin はロシアの俳優。これが英語版の映画初出演。「われらが背きし者」にも出演しています。

 

■CIA マーサ・サリヴァンロビン・ライト

イスラム過激派との関連から口を出すアメリカ代表。バッハマンに協力するよう見せかけておいしい所をさらっていく一番怖い役でした。

 

■バッハマンのチーム

数名の部下たちがキビキビと動きます。エアナ・フライ(ニーナ・ホス)、マクシミリアン(ダニエル・ブリュール)も。

 

各国に翻弄されるイスラムの青年を救えるのか

 

東西冷戦後のスパイ小説にとって、テロとの戦いはテーマの一つといわれています。

ですが、この作品は諜報合戦がテーマではなく、人としてぎりぎりの使命や嘘を背負ったスパイという職業を通して、生き方を考えさせるものでしょう。

 

映画の主人公バッハマンにしても、正義感から無実の青年を助けるわけではありません。

より大きな悪のために体よく利用するわけで、そのためのお膳立てがサスペンスフルで見どころ。

 

チェチェンの青年イッサは、ロシアとトルコの刑務所で数年間拷問された後、ハンブルクに逃げてきました。

父の隠し口座をもつ銀行家トミー・ブルーに助けてもらいたかったためです。

 

弁護士アナベル代理人としてトミーと交渉しますが、ロシア当局の記録ではイッサはイスラム過激派ということにされていたため、警察の目を逃れながらの活動となります。

 

バッハマンは、テロ組織と関係あるはずの大物を陥れるため、イッサの父の口座を利用する計画を立てます。

父親の汚い金を嫌うイッサの気持ちを操り、大物イスラム学者を通して寄付、テロ組織につながる団体の証拠を見つけようというものでした。

 

危険な計画に、アナベルもトミーも躊躇しますが、強制的に参加させられます

成功すれば、イッサと協力者に永住権が与えられるはずでした。

 

バッハマンの計画は成功したものの、しかし直後に、敵対するドイツ国内の機関とCIA が合同でイッサとイスラム学者を拉致

あくまでイッサをイスラム過激派として逮捕、どこかに連れ去ってしまいます・・・!

 

↑↑ 以上が簡単あらすじ。

最後のバッハマンの咆哮がやるせない。いっしょに叫びたくなる非情なラストでした。

 

映画としては、全キャラクター、リアルで説得力があります。演技派どうしの緊張感がそのままストーリーに重なります。

終始、重いトーンですが場面転換が多く飽きさせません。

 

実話にインスパイアされたストーリー

 

原作は、グアンタナモ収容所に5年間監禁されたトルコ系ドイツ人ムラット・クルナズの話にインスピレーションを得たそうです。

 

パキスタンアフガニスタンアメリカで無実の罪で拷問され続け、ドイツに帰国したクルナズ。ジョン・ル・カレがドイツのテレビでインタビューを受けたとき、その調査員に紹介されて出会いました。(彼女がアナベルのモデルになっているとも)

 

複雑な過去があり、必要な書類を揃えることができず疑われるイッサの物語は、法的手続きの限界を表しています。

 

「地下道の鳩」には、チェコからイギリスに助けを求め、医師になった俳優の話もありました。

 

なお、「誰よりも狙われた男原作では、むしろアナベルとトミーの描写がメインだったと思います。

なぜアナベル人権派として活動することになったのか、落日の銀行を背負うトミーが父から受け継いだ負の遺産はどのように作られたのか。

 

イッサの父たち、ロシアやチェチェンや多くの場所で非道な行いをしていた集団の口座を作ったのは、英国情報部の指示を受けたトミーの父でした。

 

生まれついての環境や歩んできた人生はともかく、いま現在の自分の判断基準を信じることができるのか、痛いほどに迫ってきました。

 

原作では、トミーが聞くアナベル少年聖歌隊の声だと記されていたと思います。

 

凛として純粋でパワフルで、でも過去に依頼人を死なせてしまった苦い経験のあるアナベル

単なる理想主義者ではありません。

 

映画でも、イッサのために何ができるか、ひょっとして愛し始めているのではないかと思わせるシーンがありました。

 

娘と離れて暮らすトミーのアナベルへの気持ちはこんな感じ。

“銀行はきみを愛する、と心のなかで続けた。きみを所有するためではなく、きみが勇気を取り戻せるように。私が明らかに手に入れられなかった人生を生きてほしい”(引用)

 

そしてバッハマンの立場はより複雑です。

原作では、ドイツ国内の権力争い、狡猾な英国情報部、力で押しまくるCIAの主導権争いが克明に描かれていました。

 

 

今も大勢の無実の人が苦しみ続け、また多くのテロリストが暗躍している世界の話。

人として、ぎりぎりの判断をするときに何を信じるかが描かれていたように思います。

 

苦しい決断の連続だったバッハマン。

これがフィリップ・シーモア・ホフマンの遺作になったことで、さらに苦い感情がこみあげてしまいます。

 

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